【2026-01-20 日記】 台湾から日本へ帰国した。今回の旅では台北を拠点に、九份や夜市など様々な場所を巡った。台北から少し足を伸ばして訪れた九份は、かつて9世帯しか住んでおらず、何でも9人前ずつ注文していたことが名前の由来だという。細い路地や急な階段が続く街並みは、日本の商店街よりもさらに密度が高く、独特の活気に満ちていた。 夜市、特に士林などは夜になるとさらに人が増え、まるでお祭りのような賑やかさだった。屋台では麻雀のようなゲームに興じる人々や、風船割りに夢中になる若者たちの姿があり、日常の中に遊びが溶け込んでいるのを感じた。 食事の記憶は鮮明だ。特に小籠包は、薄い皮の中にたっぷりとスープが蓄えられており、箸の先で慎重に持ち上げるとそのずっしりとした重みを感じる。少し皮を破り、溢れ出した熱いスープを啜ると、濃厚な肉の旨味が喉を通っていき、旅の緊張が内側から解けていくようだった。魯肉飯(ルーローハン)は肉の脂の甘みが強く、台湾特有の八角の香りが鼻を抜ける。一方で、お茶は日本と同じように甘くないものが多く、どこか親しみやすさも感じた。 街中では、トヨタの車やファミリーマート、日本の医薬品の広告などが至る所にあり、パッケージも日本語のまま売られているものが多い。スマートフォンのフィルムを貼り替える専門店が屋台のように並んでいる光景は新鮮だった。多くの人がiPhoneを手にし、その画面を美しく保つことに情熱を注いでいる様子が印象的だった。 【考えたこと・感じたこと】 台湾の味とは一体何なのだろうか。小籠包や魯肉飯を口にしながら、その味を要素ごとに分解してみるが、八角のような独特のスパイスと脂のバランスが、絶妙に「台湾らしさ」を形作っているように思う。味噌を使わない文化でありながら、醤油ベースの味付けが多く、日本人の味覚には非常に馴染みやすい。 自由広場の巨大な門を見上げたとき、その10メートルはあろうかという圧倒的なスケール感に驚かされた。40年ほど前の建物だというが、そこには歴史と現代の躍動感が同居している。 また、台湾のデジタル化とアナログな現金のやり取りが混在している点も興味深い。電子マネーが普及している一方で、屋台などでは現金の強さを感じる。新しいものを取り入れつつも、生活の根底にある習慣を大切にしているのかもしれない。 【出会った人々の気持ち】 台湾の人々は非常に優しく、マナーも日本に近いものを感じた。言葉は通じなくても、こちらが困っていれば察して助けてくれるような温かさがある。 屋台で働く人々は、狭い空間で手際よく料理を作り、訪れる客を活気ある声で迎えていた。フィルム貼り替え屋の店主たちは、小さなスマートフォンの画面を一点に見つめ、職人のようなこだわりを持って作業に没頭している。自分たちの仕事に誇りを持ち、日々の生活を丁寧に営んでいる彼らの姿勢に、静かな力強さを感じた。 【今日の心理機能 (Jungian Cognitive Functions)】 Se (外向的感覚): 小籠包の重みやスープの熱さ、夜市の喧騒、九份の狭い路地の視覚情報など、現地の環境を五感でダイレクトに享受していた。 Ti (内向的思考): 台湾料理の味を分解して「台湾らしさ」を分析したり、現地の物価や人件費、ビジネスモデル(フィルム貼り替え屋など)について論理的に考察したりした。 Si (内向的感覚): 日本の商店街や食べ物、マナーと比較することで、台湾の文化を自分の中に落とし込もうとするプロセスが見られた。 Fe (外向的感情): 現地の人々の優しさやマナーに触れ、周囲の調和や温かい雰囲気をポジティブに受け取っていた。 【環境レビュー】 九份 名前の由来通り、かつては小さな集落だった場所。現在は観光地として非常に人気があり、急な階段と提灯が並ぶ幻想的な風景が広がっている。道が非常に狭く、雨が降るとさらに情緒が増すが、歩くのには体力がいる。 自由広場(中正紀念堂) 広大な敷地にそびえ立つ白い巨大な門と青い屋根の建物が印象的。視覚的な解放感が凄まじく、風が通り抜ける感覚が心地よい。歴史的な重みを感じさせつつも、市民の憩いの場となっている。 台湾の夜市 視覚、聴覚、嗅覚が同時に刺激される場所。独特のスパイスの香りと、ゲームに興じる人々の歓声が混ざり合い、エネルギーに満ち溢れている。安くて美味しい外食文化の象徴。 tags: ["台湾旅行", "台北", "九份", "夜市", "小籠包", "自由広場", "食文化", "異文化交流"] Transcript: --- cleaned_20260120_211205.txt --- (省略)