日常に灯る、小さな高揚 十二月も半ばに差し掛かり、街は足早にクリスマスへと向かっていた。カフェの窓越しに見える商店街のイルミネーションが、冷たい空気の中でキラキラと瞬いている。僕の目の前には、友人の高橋が湯気の立つカフェラテを一口啜りながら、満足げな顔でスマートフォンを置いていた。 「いやー、まじで危なかったよ、あの雪山旅行」 彼の言葉に、僕も大きく頷いた。 「本当にね。新幹線のチケットはまだしも、まさか宿がこんなに埋まってるとは思わなかった」 週末の夜で賑わう店内だが、僕たちのテーブル周りだけは、この数日間の攻防の余韻が漂っているかのようだった。数日前まで、僕たちは年末の雪山旅行の計画で頭を抱えていた。人気のスキー場周辺の宿は軒並み満室。どうにか日程を一日ずらすことで、ようやく山小屋のような小さな宿の予約が滑り込みで取れたのだ。 「JR東海、全然やる気ないんだから。もう少し臨時便増やせって話だよ」と、高橋は少し眉をひそめた。彼の不満の声はもっともだ。 「でも、これで一安心だね。最高の雪が降ってくれることを祈るばかりだよ」 僕がそう言うと、高橋も「だな」と笑って応えた。その安堵の息遣いは、凍える冬の夜に温かい息を吹き込むようだった。 「そういえばさ」と高橋が、少し声を潜めて話を切り出した。「うちの親父が持ってるホテルの優待券の話、前にしたっけ?」 僕は首を傾げる。「ホテルハーベスト、とかいうやつ?」 「そうそう。企業向けの会員権で、結構いいホテルが格安で泊まれるらしい。もし次、どっか旅行行くなら声かけてくれよ」 思わぬ朗報に、僕の顔が少し綻んだ。旅の楽しみは、決まった瞬間から始まる。新しい発見や、予期せぬ喜びが待っているかと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。 「それはありがたいね。考えてみるよ」 高橋はそんな僕の様子を見て、どこか得意げに笑っていた。 会話はいつしか、もっと個人的な関心事へと移っていった。 「そういえば、投資の話なんだけどさ」と高橋が言った。「うちの会社で知り合いの人が、金鉱株の『アイアムゴールド』に投資してたんだけど、半年で七ドルから十五ドルに上がったんだって。五倍だよ、五倍!」 彼の声は少し上ずり、瞳には興奮の色が宿っていた。僕は思わず前のめりになる。 「五倍って……すごいね。そんな話、なかなかないよ」 「だろ? ナスダックも最近20%くらい上がってるって言ってたし、いやあ、投資って本当にダイナミックだなって」 コーヒーの香りに満ちたカフェの中で、僕は遠い金鉱の煌めきを想像した。砂金の粒が手のひらで増えていくような、そんな夢物語を、確かにこの世界で掴んだ人がいるのだ。その話を聞いていると、僕の心にも小さな熱が宿るのがわかった。ボーナスが入ったら、少し株を買ってみようか。漠然とそう考えていたことが、急に現実味を帯びてくる。 ふと、僕が最近気になっているガジェットの話を振ってみた。 「そういえばさ、高橋は折りたたみスマホとか興味ある?」 高橋は少し考え、「うーん、そこまでかな」と首を傾げた。「俺は今のスマホで特に不満ないし、まだちょっと高いイメージがあるな」 「そうだよね。俺もまだ手は出してないんだけど、中古の整備品なら八万くらいで買えるらしいんだ。性能も三世代前から飽和してるって聞くし、そろそろアリなのかなって」 僕は少しだけ期待して彼の反応を窺ったが、彼の表情からは、僕ほどの熱意は感じられなかった。VRヘッドセットなんかは、高齢者施設で需要があって予算もついている、なんて話も高橋は知っていたけれど、僕が興味を持つ折りたたみスマホには、どうもピンとこないようだった。 (ああ、やっぱりそうか) 最先端の技術が日常に溶け込もうとしている姿は、僕にとって興味の尽きないテーマだ。しかし、まだ多くの人にとっては、そこまで切実なものではないのかもしれない。少しだけ、共感の不足からくる寂しさを感じたが、それはいつものことだった。 カフェを出ると、冷たい風が頬を撫でた。すっかり夜になった街の空気は、日中よりもずっと澄んでいて、遠くのネオンサインが鮮やかに輝いている。高橋と駅で別れ、僕は一人、家路を急いだ。 今日一日の出来事が、まるで映画の断片のように頭の中を巡る。雪山旅行の予約が取れた時の安堵感。金鉱株の驚くべき高騰。旅への期待と、投資への好奇心。 そんなことを考えながら歩いていると、ふと、明日のことを思い出した。 (あれ、そういえば……明日、健康診断だっけ?) 急な気づきに、思わず立ち止まってしまった。この数日の間に、仕事のこと、旅行のこと、投資のことと、様々な情報で頭の中がいっぱいだったせいで、すっかり忘れていたらしい。 僕は小さな声で「はは」と笑った。日常の忙しさの中で、こんな風に大切なことをうっかり忘れてしまう自分がおかしくて、どこか愛おしくもあった。 空には、満月が青白い光を放っていた。明日の朝は、少しだけ早起きしないといけないな。そんな小さな決意を胸に、僕は温かい自宅へと足を進めた。街の灯りが、僕の背中を優しく照らしている。
