影の行列 天井の高い展示ホールは、ひんやりとした静寂に包まれていた。磨き上げられた床は鏡のように滑らかで、歩くたびに自分の足音がコツ、コツと高く反響する。壁際に配置された展示物を眺めながら歩みを進めると、ふとした瞬間に背後に気配を感じて足を止めた。 振り返ると、そこには私の動きをなぞるようにして、十六もの人影が静かに列をなしていた。 それは最新の光学技術を用いたインスタレーションだった。センサーが私の動きを感知し、少しずつ色調や質感の異なる私の残像を、背後の空間に等間隔で投影しているのだ。一歩進めば、十六の影も同時に一歩踏み出す。私が首を傾ければ、十六の私もまた、わずかな時間差を伴って一斉に首を傾げた。 まるで、自分の中に潜む多面性が一気に外へ溢れ出したかのような、奇妙な高揚感があった。外交的な自分、思索にふける自分、誰かのために役割を演じている自分。それらが実体を持って私の後をついてくる。圧倒されるような重圧と、一人ではないという根拠のない心強さが、胸の中で交互に波打った。 ふと、幼い頃の記憶が蘇る。 実家の長い廊下で、私はよく姉の後ろを追いかけていた。姉はいつも「ついてこないで」と言いたげな顔をしながらも、決して私を突き放しはしなかった。一度だけ、姉が泣きそうな声で私に言ったことがある。 「あんたはずるいよ」 その言葉の真意を、当時の私は理解できなかった。親の手を焼かせる手のかかる子供だった私と、常に「良い子」であろうと努めていた姉。姉の目に映っていた私は、わがままを許され、周囲の関心を独り占めにする、奔放で自由な存在だったのかもしれない。 展示ホールの影たちは、何も言わずに私を見つめている。 今の私なら、あの時の姉の寂しさを少しだけ想像できる。彼女は私を拒絶したかったのではなく、ただ自分も同じように、誰かに甘え、誰かの後ろをついていきたかっただけなのだ。 ホールを出て、作業場に戻る。最近は、奥行きのある空間の壁沿いに家具や調度品を配置する仕事に取り組んでいる。三次元の広がりの中で、どの角度から見ても違和感のない配置を見つけるのは、パズルを解くような難しさがある。平面図では完璧に見えても、実際にその場に立ってみると、わずかな隙間や角度のズレが居心地の悪さを生む。 思考が袋小路に入り込むと、私はよくペンを置き、大きな紙に図解やマインドマップを描き始める。言葉にできないもどかしさを、色や線で可視化していく作業。過剰に理解されたいという欲求が自分の中にあることを認めると、少しだけ肩の力が抜けた。すべてを正解の言葉に置き換える必要はないのだ。 夜、友人たちが私の部屋に集まった。 テーブルの上には、先日届いたばかりのふるさと納税の返礼品、山のような柿の種の袋が積まれている。 「これ、全部食べるのに何ヶ月かかるかな」 友人の一人が笑いながら、ビーフジャーキーの袋を開けた。乾燥した肉の香ばしい匂いが部屋に広がる。 「過去の名作を金字塔として崇めるのもいいけど、今のこの柿の種の圧倒的な量も、一つの歴史だよね」 とりとめもない会話が、夜の空気の中に溶けていく。 かつての面白さを否定せず、今の自分たちが享受しているささやかな喜びもまた、大切にしまっておく。過去と現在は断絶しているのではなく、グラデーションのように地続きでつながっている。 窓の外には、冬の澄んだ夜空が広がっていた。 あの展示ホールで見た十六の影たちは、きっと今も私の内側に静かに並んでいる。それらすべてを連れて、明日もまた、この確かな日常を歩いていこうと思う。 柿の種の袋を一つ手に取ると、カサリと乾いた音がした。その音は、不思議と私の心を穏やかに整えてくれた。
